好き合うさみふ、
花か獅子
すきです
きがきじゃない
あいくるしい
うれしい
さびしい
みていたい
ふれたい
はなれたくない
なきたい
かなしい
しりたい
しってくれ
むきやうさみふ、はなかし師走。
二学期が終わる。冬休みを年を越して、三ヵ月もせずに、俺は置き去りにされる。
冬は嫌だ。海で遊べないし、足先キリキリするし、雪降ったらテニスできないし。
寒いと、恐いんだ。このまま固まって動けなくなりそうで恐いんだ。体内から熱を発して動けるバネさんに、置いてかれてしまう。
行かないでくれよ。俺はあんたの熱で、動いてんだ。
あんたがいなくなったら、動けもしない。
終業式の日に雪が降った。
どっかで女子が、「これでイブまで雪が残ってたら、ホワイトクリスマスだねー」とかはしゃいでいた。冗談じゃねえ。明日は折角の天皇誕生日なんだから、おもっきしテニスさせろ。ああ、でも地面が氷結してたりぬかるんだりしたままだったら、どっちにしたってできねえか。あーくっそ。
今日は部活も休みだ。バネさんはとっくに引退して、受験勉強だ。
動けない。HRはとっくに終わって、教室に残っているのはいつまでもダラダラくっちゃべってる女子くらいだってのに、机の前に立ち尽くしたまま動けない。
原動力が、何もない。
「ねー天根くんさ、今日部活ないの?この後暇なのー?」
声を掛けられるまで、女子の一人が、目の前で覗き込んでるのに気付かなかった。全くもって。
そのクラスメイトの山田だか山口だか(自慢じゃないが、俺は人の顔と名前を覚えないのが大得意だ。ホントに自慢になんねーよ!大得意じゃなくて、覚えんの大苦手って言いやがれ!って突っ込んでよバネさん)に視点を合わせると、山田口(やっぱ思い出せんのでミックスしてみました。突っ込んでよねえバネさん)は、高い声を更に上擦らせて続けた。
「ね、ね、私達、この後駅前のマックでお昼食べて、カラオケ行く予定なんだけども、あ…天根くんも、よかったら一緒に行かない?あっ女子だけじゃないよ!このあと男子とも合流するの!えっと、西岡と、岩手と…」
間髪入れる隙もない。このテンションの差に気付かないのだろうか。不思議な生き物だ山田口。
まあ、山田口からしたら俺は、一生懸命テニスしてる顔も、一生懸命ネタ考えてる顔も、只今話を右から左へ聞流してる顔も、一緒に見えるんだろう。表情乏しい方らしいし。俺。
西岡と岩手の顔なら思い出せる。まだ男子の方が女子より接点があるからだ。でも別に普段あんまり喋ったりとかしねえのに、何で俺を誘うんだろう。不思議な生き物だ山田口。
「よっ!ダビデ!」
右から左どころか、脳天直撃で声が届いた。
「バネさん!」
反射の域で声主の方に振り向くと、謎の山田口にはもうさっぱり意識が向かずに、教室の後ろの扉から上げた片手を覗かせるバネさんとこに、すっ飛んだ。
バネさんが部活を引退してからは、校内では移動教室の時にすれ違う瞬間くらいしか会えなかったもんで、ホンットもう、嬉しくて嬉しくて、びっくりした。のに、肝心のバネさんときたら、さっき俺に話し掛けてた山田口の方に意識がいっている様子。
「オイ、あの、彼女、いいのか?俺邪魔しちまったか?」
「邪魔」
山田口が。
業と主語を飛ばす。少しだけ低い目線で、じと、と怨めがましく睨むと、バネさんの目がびっくり開いて、眉を寄せて歪んで、目線が落ちた。
「な、わけがない」
バネさんは。
俺で傷ついてるバネさんの表情をしっかり堪能してから、ちゃんとホントを言う。したら、バネさんはちょっと顔を赤くして、歯を剥き出した。ああ、バネさんの熱で、俺は動く。
「てめっ…なあー!」
「ごめん。ホントは全然いいよ。全然」
ごめん。だってあんまりにも寂しかったから。
力のないゲンコをするりとかわし、鞄を取りに席に戻る。そこには、まだ山田口がいた。
「俺、用事あるから」
一言だけ告げて、速攻踵を返す。後ろで、他の女子の、だから天根はやめとけっつったじゃーんとかって声が聞こえる。よくわかんねえけども、やめとけ山田口。うん。俺もそう思うよ。
「行こ、バネさん」
俺は教室なんかさっさともう出たいのに、バネさんはまだ半身を教室内に突っ込んだままだ。ああもうホント、山田口なんていいから。早く。
「悪いな!ダビデ、借りてくな!また誘ってやってくれや!」
態態律儀に女子どもに謝ってから、やっとこバネさんが俺の隣に来た。
教室から、きゃあ黒羽先輩に声掛けられちゃった!とかってキイキイ声がする。俺の耳は、そんなばっかは流せなくて、何だか腹立つ。
大体、借りてくって。俺はバネさんのでしかねえよ。また誘ってやってくれって。バネさん以外からは誘われたくもねえよ。ああもう折角、久々にバネさんから俺の教室来てくれたのに。
むっつりしたまま早足で進む俺に、少し遅れて追いついてきたバネさんが、ちょっと参った顔して頭を掻く。バネさんには、解るのだ。無表情の俺の、不機嫌顔が解る。でも何で不機嫌かなんて、全然解っちゃいないんだ。
「…あのよ、ホント、俺そんな大した用で来たわけじゃなかったからさ。部員以外のダチと遊ぶ機会なんてお前、あんまねえだろ」
そら来た。でもそれが俺のことを想って、俺を大事にしようと想って言ってることだってのは解ってる。でも、解ってるから、尚更、バネさんの馬鹿。大したことないだと、この、バーカ、バカ、馬鹿野郎。ホントに俺を大事にする方法を教えてやろうか、この心底鈍くて心底優しいせいで、心底酷くて心底可哀想な人に。教えないけども。あー、俺も、バーカ。
「何で、わざわざ俺の教室まで来たの」
バネさんの言葉を丸無視したのに、バネさんは一瞬ぽかんとするが、まあ俺が唐突に全然繋がらん会話をし出すのはいつものことなので、直ぐにぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「だって終業式だし雪降ったしさ、お前部活ねえじゃん。だから、…折角だから、ダビデと一緒に帰りてえなって思ったんだよ!」
不覚にもちょっと、泣きそうになった。一緒に帰るなんてバネさんが部を引退して以来だから、ホント何時振りだろ。それに近所っつったって、バネさんは受験勉強だし、俺は遅くまで部活だし。どんだけバネさん不足だったんだろうな、俺。
「そーれーと!」
「そーれーと?」
ぱっかり開いてた口を、今度は極端にぎゅっと引き締めて、掌をズッと俺に差し出してきた。
「通知表。見せろ」
「……あー」
曖昧に開いた口から曖昧な声が出て、俺は鞄を背中にサッと隠す。だってバネさんぜってえ怒る。だって通知表、1と2のオンパレードだ。
「みーせーろー!」
バネさんが強引に、前から抱き付くみたいな形で鞄を奪おうとしてきた。が、それにときめく余裕もない。奪われたら死!あるのみ!
「バッバネさん!通知表、拝見したら、はー…イケん!」
「つまんねんだよダビデめが!」
密着していたお陰でいつもの華麗な飛び蹴りはこなかった。が、重い膝蹴りが、俺のみぞおちにバッチリめり込む。
「ぐ…お…さ、すが…バネさ…」
タイミングも破壊力も容赦ない素晴らしい突っ込みに、俺は崩れ落ちて伏した。
そんな俺にも構わず、バネさんは無防備に曝された鞄を勝手に開けて、通知表を開いた。
…ああ、今日このまま捨て置かれて、一緒に帰れなくなっちゃったらどうしよ。
「…………」
沈黙が痛い。
顔を上げなくても、バネさんの眉間に皺寄ってんだろうことが解る。テスト前にしょっちゅう甘えて勉強見て貰って、このザマなんだから。
「…ダビデ、てめえなあ…」
ドスの効いた声が頭上から降ってきて、亀のように首を縮こませる。が、バネさんの大きな手が俺の頭を鷲掴んで、顔を上げさせられた。あ、髪の毛、セット崩れる。でも覗き混んでくるバネさんの眉間に皺はなく、眉が八の字になっていて、拍子抜けしてぽかんとなった。
ふう、と軽い溜め息が、バネさんの唇から漏れる。
「ま、そんなこったろうと思ったけどよ。お前、興味のないことはいくら繰り返してもぽろぽろ忘れるもんなあ…」
だから大好きな技術だけは5でやがんのな。あ、あと美術も結構いいよな。やっぱダビデだからか。まー体育は言うまでもねえけどよ。
バネさんの苦笑が何だか柔らかなものになってきて、胸が苦しくなる。不安なんかな。よくわかんねえ。
「おら、いつまでも寝てねえで。行くぞ」
後頭部をぺんと叩かれて、もぞもぞ起き上がる。先を行くバネさんの大きい背中を見て、ああ、さっきのは不安っていうか、寂しいんだ。解った。
柔らかく笑って、置き去りにされる。
雪はもう止んでいたが、空はまだ曇ってた。
さくさくと雪の上に、四つずつ足跡が増えて、増えて、行く。大きさは全部同じ。俺も、随分大きくなったもんだ。あんだけ小さかった身体が、あんだけ大きかったバネさんに追いついたんだから、年齢も一年くらいぽこっと伸びたっていいじゃないか。たかが一年、そんなことくらいあるかもしれない。ってこっそりずっと、思ってた。でも駄目だった。当然だけども。やっと追いついたと思ったのに。一生追いつかないと嫌でも知る。
「なあダビデ、うち来いよ。このあと」
振り返らずにバネさんが言う。受験を控えたバネさんちには、ずいぶんと行ってなかった。バネさんは邪魔しても嫌な顔しなかったが、俺が嫌だったのだ。側に居たくても、邪魔にはなりたくなかった。困らせてみたいような気持ちになることはあっても、邪険にされるようなことがあっては絶対駄目。邪魔にならない?なんて聞きたくても聞けない。そんなことねえよって言うから、この人は。そんなんで、俺は押し黙るのだ。バネさんは構わず続ける。
「息抜きがてら、お前の勉強見てやる」
だから遠慮すんな。
「お前だって来年は受験生なんだから、ちったー自覚持てよ。今の成績じゃ六角高校受かんねーぞ」
来るんだろ?と少し振り返った顔が笑む。六角高校は、バネさんが受ける学校だ。
「うん!」
首がもぎ取れそうに頷く。それを見たバネさんが、二カッと笑った。それに引き寄せられて、バネさんの隣まで歩み寄る。
「高校行ったらまたダブルス組んで、」
さらりと言われて、どんなに嬉しかったことか。
「で、高校出たら、お前はプロになるのかな。俺はならないだろう、な」
最近そんなことをよく考える。同じ口でそのまた次の別れの話を言うバネさんに、憎しみに似た悲しみが激しく浮き上がる。
「でもお前、案外オジイみたいにラケット職人になるかもな。技術の成績異様に良いし」
やめろやめてやめてくれ。この先バネさんの側に居ない俺を考えたくない。バネさんと離れるこれからの一年を考えるだけでもどうにかなりそうなのに。
「したら、やっぱオジイみたいにコーチもしたりすんのかな」
知らねえ知らねえよここから一歩も動きたくねえ。
「したら、したらさー、俺も一緒にやりたいなあ」
一緒に。
「俺も定年になってさ、またお前と一緒にガキどもの面倒見たりすんの」
どうだろう。ってバネさんが少し照れ臭そうに笑う。
どうって!
「うん!!」
さっきより更に力強く頷く。
離れてくっついて離れたって、またくっつくんだ。途方もない話なんかじゃない。絶対だ。ぜってえ離れねえ!
むつき
きさらぎ
やよい
うづき
さつき
みなづき
ふづき
はづき
ながつき
かんなづき
しもつき
しぬまでいっしょ
070329
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